昨日は夕方くらいに親からメールが来て、祖母が亡くなったとの訃報が届いた。
何気に親類で一番近くで亡くなった人は小学校3年生くらいの時に祖父が亡くなった時以来。
まだ物心付いていない頃だったから葬儀の段取りとかなんて全く覚えていない。
そういえば6月10日には鎌田も亡くなった。あの時も段取りなんて良くわからなかったけど、とりあえず紳士服屋さんで礼服を買って裾もそろえる時間すらなくてそのまま式場に駆け込んだ。
人生35年生きてきたけど、死際ってあんまり経験していない。ま、経験なんてしたくもないけど。
ただ、人は出会えば必ずどんな形であれ別れがあり、それは離別だったり死別だったりするわけだ。
ツアーを回ってきて沢山の出会いもあったけど、もちろんその度に別れを経験してきた。いつからか別れをすごくポジティブに捉えれるようになっていた。受け入れれるって言うのかな?
確かに悲しいんだけど、何か身体の中で勝手に消化されていく。自分でもそのメカニズムはわからない。ただ、その人を想う気持ちはずっと心の中にあることは間違いない。
うちの祖母は90歳まで生きた。ただ、EAGLE FLYのレコーディングをやってるくらいの時期だったと想うから6年くらい前かな?に、朝方お寺参りに行く途中で中学生の引ったくりともみ合った時に頭をぶつけてから植物状態になってしまっていた。
その時も確かにショックだった。
その一ヶ月前くらいに会ってたし、元気な顔を見てたから。
ま、何か色々と人の「死」について考えさせられた。
答えなんか見つからないけど、宗教とか信仰とか、人生とかいろんなものをうちの祖母は時間をかけて見せてくれてたような気がした。
なんだかんだでおばあちゃん子で、子供の頃からしょっちゅう大阪に行ってた。
でも、ただ大阪に行きたい口実で祖母の家に遊びに行ってただけだったかも知れないけど。
それでもやっぱり考えてみれば祖母ありきの大阪だったような気がする。
まだ言葉や文章にするのには時間がかかるかも知れないけど、それほど落ち込んでも居ないし、俺は俺でいつもの俺。
とにかく急だが通夜と葬儀に向かうことに決めた。